なぜ1巻だけかというと、他の巻は論じるだけの材料(原書・バージョン違いの翻訳版)が無いから。
とりあえず、バージョン別の違いだけ。
「いっぱいあるけど、どれがいいんだ⁉」っていう人向け。
原書:Harry Potter and the Philosopher's Stone (Harry Potter Signature Edition) (Bloomsbury, 2010.)
単行本(初版:1999) 手元の資料は2000年のもの。
最もメジャーで、最も分厚くて持ち運びに困る版。
問題となっている誤訳や誤植も多く、送り仮名も旧態。おそらく誤植だろうが、「」の次行の段落下げがしばしば忘れられていたり、「…」や「―(ダッシュ)」は偶数個でなければならないという小説の決まりを守れていない箇所もあったりする。これらは携帯版で修正されるか、文庫版でやっと直るかといった感じ。
おそらく初版から基本的に内容は変わっていないと思われる。口調は安定しておらず、ハグリッドはダンブルドアやバーノンにつられているのか、ややお爺さん的。この版でカタカナにした擬音語は、大半が後の版でひらがなに修正されている。
つまり、この版を今買うメリットは特に無い。
例)セロハンテープ→セロテープ(携帯版以降修正)
マーマレード→ママレード(修正なし)
ちなみにママレードに関して;
「品質表示基準の見直しについて『ジャム類』」(2007, 農林物資規格調査会総会)より
イ. マーマレードにあっては「マーマレード」と、ゼリーにあっては「ゼリー」と記載すること(p.1)
携帯版(2003)
単行本から若干の修正あり。リリー、ペチュニアの姉妹問題は唯一間違えており、それに合わせて伯父・伯母も叔父・叔母に変わっている。ちなみにマージ、バーノン姉弟は、携帯版~記念版の方が間違っている(単行本・新装版のみ正解)。現在では入手が困難な版となっている。
Marjorie Eileen Dursley is the older sister of Vernon Dursley.
(wizardingworld.comより)
例) motorbike(p.16)
「車」(単行本p.26)
「バイク」(携帯版p.26, 文庫版p.28, ペガサス文庫p.29,記念版p.39, 新装版p.28)
Kindle版(2015)
基本的に携帯版準拠。(ただし姉妹問題に関してはリリー=妹、ペチュニア=姉、マージ=妹となっており、文庫版~記念版と同じ。つまりマージだけ間違い)
配信は2015とはいえ(当時の最新版である)ペガサス文庫版とは違うので注意。いろいろと謎な版である。
文庫版(2012) 1-Ⅰ、1-Ⅱ(10章~)
文庫版・携帯版から修正あり。この版は他の版と比べて異質であり、文庫版でしかない訳が多々見られる。漢字をひらがなにしてみたり、ひらがなを漢字にしてみたりとどことなく迷走している感じがある。
例) Her black hair was drawn into a tight bun. (p.18)
黒い髪をひっつめて、小さな髷にしている。(単行本・携帯版p.17、ペガサス文庫p.20、記念版p.30、新装版p.20)
黒い髪をひっつめて、小さなシニョンを作っている。(文庫p.18)
以下、文庫版からの修正の例。
bathroom (p.11)
「洗面所」(単行本・携帯版p.15)
「トイレ」(文庫p.15, ペガサス文庫p.17, 記念版p.29, 新装版p.17)
その他、
bellowed(p.188)
「荒(ルビ:あら)げた」(単行本・携帯版p.378)
を
「荒(ルビ:あら)らげた」(文庫版p.160他、ペガサス文庫~新装版もこれに倣っている)
に修正しているが、現在では「荒(あら)げた」の方が一般的だと思われるので、直す必要はなかったと思われる。というか、そこじゃないんだよな、っていう修正が大多数です。
「声を荒立てる」「度をこして激しい声で言う」ことをさすことばとしては、「声をあららげる」が伝統的な言い方です。新聞社などの多くは「あららげる」のみを認め、「あらげる」は俗な言い方としています。しかし、声に出して言う場合、「あららげる」より「あらげる」のほうが言いやすいことや、「荒らげる」と書いてあるのを「あらげる」と読むという思い違いもあってか、今では「声をあらげる」と言う人のほうが多くなっています。NHKが平成3年(1991年)に行った全国調査でも、「あららげる」と言うと答えた人が19%にとどまったのに対して、「あらげる」と言うと答えた人が77%にものぼりました。このため、放送でも (1)「あららげる」[アララゲル]とあわせて (2)「あらげる」[アラゲル]を使うことも認めるようにしました。(NHK放送文化研究所, 2000. www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/066.html)
(a)声を荒(あ)らげる・・・・・・・・・・・・・・・・・79.9%
(b)声を荒(あら)らげる・・・・・・・・・・・・・・・11.4%
(a)と(b)の両方とも使う・・・・・・・・・・・・・ 2.7%
(a)と(b)のどちらも使わない・・・・・・・・・ 5.1%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.0%
(『平成22年度 「国語に対する世論調査」の結果について』p.22, 文化庁, 2010.)
ペガサス文庫版(初版:2014) 手元の資料は2016年のもの。 1-Ⅰ、1-Ⅱ(10章~)
実は、昨年の3月から「静山社ペガサス文庫」として『ハリー・ポッター』シリーズの少年少女向け文庫版 を順次出版しています。漢字の読めないお子さんでも読めるように総ルビを振っているのが特徴ですが、それ以外にも直すべきところがあれば、この機会に直そうと、私自身が文体も含めてすべて見直しました。どこか間違えているんじゃないかと、疑いの目を持ちながら見直していったのですが、「ここはわかりにくいかも」「ここは勘違いしたな」と思えるところは1冊につき数個所という程度でした。(『Vol.336 <前編>『ハリー・ポッター』翻訳者/同時通訳者 松岡佑子さん惚れ込んだ作品を、みずから母国語に訳し、読者に届ける喜び。誰よりも深く愛し、理解した『ハリー・ポッター』を、訳者がいま一度語る。』www2.fellow-academy.com/fellow/pages/tramaga/backnumber/336.jsp)
上記のインタビューにもあるように、単行本・携帯版・文庫版から見直したもの。この時の修正が後の版にも反映されている。全ての漢字にルビがあるのはこの版のみ。漢字→ひらがなの修正が目立つが、逆(ひらがな→漢字)もあるため基準は不明。
例) beady eyes (p.25)
ビーズのような目(単行本・携帯版p.44, 文庫p.48)
ギラリと光る目(ペガサス文庫p.48, 記念版p.57, 新装版p.46)
a violet top hat (p.27)
スミレ色の三角帽子(単行本・携帯版p.48, 文庫版p.52)
紫色のシルクハット(ペガサス文庫p.53, 記念版p.61, 新装版p.50)
Railview Hotel (p.36)
レールヴューホテル(単行本・携帯版p.65、文庫p.72)
レールビューホテル(ペガサス文庫p.72、新装版p.69)
イラスト版(2015)
Harry Potter and the Philosopher's Stone Illustrated Edition(Bloomsbury, 2015)の日本語版。ペガサス文庫版と同じ……と思いきや、若干の変更が見られる。子供向けにみえるが総ルビではないので注意。
20周年記念版(2018)
Harry Potter and the Philosopher's Stone House Edition(Bloomsbury, 2017)の日本版であり、寮別に4種類ある記念版。原書は『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』まであるが日本では今のところ『ハリー・ポッターと賢者の石』のみ。上のイラスト版に準じていると思われる。太字強調が増え(原文では斜体部分)、強調文字フォントがゴシック体に変更された。
新装版(2019)
最近(2019/12/01)発売された。ぱっと見目立つのはデザインの違いだが、修正部分あり。ちなみに猫なで声など、誤訳まとめWikiで指摘されているような部分は修正されていないことがほとんどだが、以下のようにやっと修正された部分も。今まで『ハリー・ポッターと賢者の石』を読んだことがなく、初めて手に入れる場合はこの版の方が良いかもしれない。(……が、また別の新しい版が出る可能性もあるため微妙)
例) cine-camera (p.21, 28)
「8ミリカメラ」(単行本・携帯版p.36, 50, 文庫p.38, 54, ペガサス文庫p.39, 54, 記念版p.49,
63)
「ビデオカメラ」(新装版p.38)
When Harry knocked they heard a frantic scrabbling from inside and several booming barks. (p.104)
ノックすると、中からメチャメチャに戸を引っ掻く音と、ブーンとうなるようなほえ声が数回聞こえてきた。(単行本・携帯版p.207)
「メチャメチャ→めちゃめちゃ」「引っ掻く→引っかく」のみ変更(文庫p.232、ペガサス文庫p.226、記念版p.227)
ノックすると、中からめちゃめちゃに戸を引っかく音と、響くような太い吠え声が数回聞こえてきた。(新装版p.216)
誤植) ~あなたは一体何から僕を救ってくれたですか?(新装版p.395) ※~くれた「の」
~君は一体何から僕を救ってくれたの?(単行本・携帯版p.378)
その他。
階数の問題についてイギリス英語のため、階数の部分はややこしい問題となる。
Ninth floor(p.8)
「九階」(単行本p.9)
「十階」(携帯版p.9, 文庫版p.9, ペガサス文庫p.11, 記念版p.21, 新装版p.11)
upstairs(p.11)
「二階」(単行本・携帯版p.14, 文庫版p.15, ペガサス文庫p.17, 記念版p.26, 新装版p.16)
the third-floor(p.94, 99, 117, 119, 128, 167, 180, 196, 199, 200, 210, 218)
「四階」(単行本p.188, 197, 231, 236, 254, 334, 362, 395, 401, 403, 425, 444)
この巻で最も登場頻度が高い『四階の右側の廊下』。ミスなく翻訳されている。
the Seventh floor(p.120)
「七階」(単行本p.237)
「八階」(携帯版p.237, 文庫版p.267, ペガサス文庫p.259, 記念版p.259, 新装版p.248)
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